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2021年12月11日土曜日

スロベニアのポストイナ鍾乳洞

 考古学切手の収集を始めましたが、以前見学したことがあるスロベニアのポストイナ鍾乳洞切手(小型シート)が目に入りましたので、考古学と関係ありませんが、衝動買い(¥200)しました。


オーストリア切手(オーストリア-スロベニア共同発行切手) ポストイナ鍾乳洞

(同じ図柄でスロベニア切手もあります。)

ポストイナ鍾乳洞は内部空間の大きいところでは天井までの高さが100m以上あります。自分は比喩ではなく、実感覚体験的に「地底世界」にいるような錯覚に見舞われました。日本国内では決してできない体験です。


鍾乳洞内部


鍾乳洞内部


鍾乳洞内部(天井までの高さ100m以上を写真で表現できません。)


鍾乳洞出口

鍾乳洞内部にトロッコ列車が走り、奥まで見学者を運びます。


ポストイナ鍾乳洞の位置

スロベニアからイタリアにかけてのクラス地方(ドイツ語読み…カルスト地方)が石灰岩特有のカルスト地形の語源となっています。

2021年8月26日木曜日

切手で再訪したデルフィ古代遺跡

 最近、考古学切手収集が趣味活動のレパートリーに加わりました。収集そのものが目的というよりも、収集した考古学切手をネタにして遺跡や遺物やそれが出土する土地についての見聞を広め、楽しみをより深めるようとするという趣旨です。

切手の博物館で購入した考古学切手の中に国連「ギリシャ デルフィ古代遺跡」があります。この1枚の考古学切手で丸1日遊びました。

1 国連「ギリシャ デルフィ古代遺跡」切手


国連「ギリシャ デルフィ古代遺跡」切手

アテナ・ブロナイアの神域の写真が切手図案となっています。

2 デルフィ古代遺跡の紙上再訪

デルフィは古代ギリシャ神託の場として有名な遺跡です。敵国ペルシャまでもが神託を授かるために使者を派遣したという逸話まであります。

アテナ・ブロナイアの神域はアポロン神殿より低い場所に位置していて、古代においてデルフィを訪問する人々が最初に目にする神殿です。


アテナ・ブロナイアの神域

Google earth proに3Dモデルが掲載されていましたので、画像にしました。


アテナ・ブロナイアの神域(Google earth pro)

神託の場となったのがアポロン神殿です。


アポロン神殿


アポロン神殿(Google earth pro)

デルフィには各国の宝物庫跡が残存しています。次の建物はアテネの宝物庫です。


アテネの宝物庫


世界の中心を意味する大地のヘソ

写真をみていると十数年前の見学の様子が鮮やかによみがえり、時間を忘れます。

3 デルフィの場所


デルフィ(デルポイ)の位置

4 感想

ア

ギリシャがまだ経済危機を迎える前の良き時にデルフィを訪問して、アテナ・ブロナイアの神域やアポロン神殿、アテネの宝庫、アテネ人の柱廊、古代劇場、競技場…をじっくり見学してさらにデルフィ博物館の素晴らし出土物も数多く見学しました。この見学ではギリシャ在住日本人専門家の方に説明していただき理解がとても進みました。

国連「ギリシャ デルフィ古代遺跡」切手をきっかけに当時の写真やGPS記録をクラウドの奥深くからダウンロードして、紙上再訪(パソコン再訪?)を丸1日かけて楽しみました。

イ

神託とか占いとか、自分は判っているようで実はその歴史を詳しく知りません。

神託とか占いとか言うものは縄文人も当然利用していたのだと思います。縄文人の呪術とは、いうならば占いのことであると思います。占いの歴史を知らないで縄文学習している自分はかなりおめでたいと思います。占いとか呪術とかの本格学習をしなければ土偶を語ることはできないと思います。

2021年7月31日土曜日

切手入手で蘇ったチチェン・イツァ遺跡訪問の思い出

 切手の博物館企画展示「切手de考古学」を観覧しました。(ブログ「見川流域を歩く」2021.07.21記事「切手de考古学」)

この観覧で切手という媒体を通じて考古遺跡や考古遺物を眺めてみる、考えみる、楽しんでみることも面白いと感じました。そこで早速売店で販売している考古学関連切手を購入してみました。

その中にメキシコ国のチチェン・イツァ遺跡切手がありました。切手図案から、以前この遺跡を訪問したことがあることを鮮やかに思い出しました。そこで、現地で撮影した写真フォルダーを画面上に開けて、画面上写真を見ながら遺跡内を歩き、遺跡で受けた珍しさや異様さなどの感動を反芻的に思い出して楽しみました。


メキシコ国切手 チチェン・イツァ遺跡

チチェン・イツァ遺跡はマヤ文明遺跡であり、6世紀頃から12世紀頃まで栄えた都市遺跡です。チチェン=井戸のほとり、イツァ=水の魔術師


カスティージョ(ククルカン・ピラミッド)


ピラミッド底部のククルカン(羽毛の蛇)


球技場


球技場のゴール

円の中にボールをけり込む。

球技試合勝者のリーダーが生贄となるとの説明がガイドさんからあり、最初は何かの間違いだと思っていました。しかし間違いではなく、確かに勝者のリーダーが生贄となったと考えられている(伝わってきている)ようです。生と死の概念・感覚がマヤ人と現代日本人では根本的に違うような印象を受けました。


戦士の神殿の柱列


戦士の神殿に設置されているチャックモール

チャックモールは生贄からえぐり出した心臓を置く台です。

生贄の頭骨を展示する台施設などもあり、死はマヤ人にとってかなり身近なものであったという感想を持ちました。現代日本人の感覚ではマヤは残酷と死が満ち溢れている社会です。


天文台

実際に天文観察していた天文台跡です。


セノーテ

水中調査の結果多数の人骨や宝物が見つかっています。深部の水温が低いため頭蓋内に脳みそが残っていたのですが、水中でそれをすべり落としてしまい、貴重な古代人脳組織を失ってしまったという海外科学番組をみたことがあります。


セノーテ(イク・キル)


セノーテ(イク・キル)

このセノーテは泳ぐことができます。


チチェン・イツァ遺跡入場券

なんとチチェン・イツァ遺跡入場券が出てきました。